第一話:Saint.
ルーマニア。ヴァール邸。
「………まず京香? 貴様の考え違いを訂正しよう。俺はお前の《母親》などに興味が無い」
淡々と吐き捨てる反対命題――――しかし、絶対否定………己が言葉すら裏の裏まで複線となるため、彼の言葉をそのまま鵜呑みに出来ない京香は、頬を掻きながら溜息を吐いた。
「………じゃ、せめてさぁ〜? 私の《母親》じゃなくて、私の《父親》の足取りを追ってくれないかな? そうすれば、テーゼが欲しがる情報だと思う。私が調べた《父親》の情報をあげるよ。その代わり、そっちも私が欲しい情報をくれよ?」
これは女王にとって最大の譲歩――――そして、妥協。
魔術の《世界》で《女王》の冠たる京香の最大限の敬意だった。
「お前から情報を買う理由が無い。だが、お前が俺から欲しがる情報とは何だ?」
二人のやり取りを静かに見ている《怒る飢え》と《吸血騎士》は――――テーゼとは長い付き合いである。長い付き合いだから互いにアイコンタクトして頷きあった。
――――買う理由が無いなら自分から相手の欲しがる情報を問うのはおかしいぞ?
つまり、否定しておいて質問した時点………テーゼが握る情報の中に、《自分の娘》の情報も、《娘の旦那》の情報も皆無ということだ。
疑問符満載の会話を知らずに二人は続ける。
「私が欲しい情報は、今は《妖精王》がどこにいるかだな。正輝と真剣った性で、モリガンの調子が悪いからメンテナンスに出したい。あと《錬金王》とコンタクトを取りたいな? 確か駿一郎の〈死の聖者〉の設計者だよな? チューニングしたいって言っていた。そうそう? アヤメも《魔女王》から手に入れた《杖》の整備をしたいって言っていたからな〜」
「良いだろ。モリガンを俺に預けろ。気が向いたら《妖精王》のところに行ってやる。駿一郎とアヤメにも俺に渡せと伝えて置け。色言い返事は期待するな」
京香脳内テーゼ翻訳開始。
『良いだろう。モリガンを俺に預けろ。すぐに《妖精王》に渡そう。駿一郎とアヤメにも俺に渡せと伝えて置け。あの女王とは旧知だ。色良い返事を期待していろ』
この間〇.〇二秒。
「うん。じゃ、頼む」
さくさくと会話が進む中、怒る飢えのフェイトは小首を傾げて言った。
「《妖精王》ですか………出来れば《マハ》の整備を頼みたいんですが………どこにいるんですか?」
「知るだけ無駄だ」
チラリと――――ガウィナを見ながらテーゼは肩をすくめて鼻を鳴らした。
「特にお前が合うと面倒になるからな」
言われた意味が理解出来ないガウィナだが、今の彼はその疑問に時間を割くわけには行かない。自分の息子が現在、渦中の真っ只中に居るのだ。
「そんなことより女王陛下? 私としては息子の安否が気に掛かるのだが………?」
「そうだな? 一応、電話してみるか?」
頷いた京香はサミット会場のドアをノックし、一礼して入ってくる吸血メイドから電話を受け取り、ボタンをプッシュする。
この会話の最中に――――京香とガウィナの息子が偉い惨事に巻き込まれ掛けているとは思ってもいないだろう。
黄翔高校、オカ研部室内。
「【ウォォォォッォォオオッ!!】』
余裕なんて無い。己の《魔王》を身に纏い、全力全開の全霊で放った一撃が――――。
「いい気合だよ、マコっちゃん!」
まるで――――ちっちゃい男の子が頑張って放るボールを、微笑みながら受け取る気さくな近所のお兄さんの如く――――そう、本当にこっちがビックリするくらいだ――――五〇センチあるコンクリートの一枚や二枚をぶち破る勢いで放った右拳が軽々しく、霊児さんの左掌によって軽々と受け止められてしまう――――そこからはもう、別世界――――何故か視界が反転――――そんで、身体の芯まで圧し折るような七連コンボかな?――――いや、絶対違う!! えっと!? 首! 頬! 鳩尾! それから………どこもかしも痛い!? 痛過ぎる!? 七連な訳がない!!
絶対、一桁足りない!!
「【ブッフぅッ!?】」
顔面摩り下ろすような形でロープまでぶっ飛ばされつつも、何とか両手を叩き付けるようにして立ち上がり、【俺】と【おれ】………否、【俺達】は――――何故か、この人と対峙しながら――――【俺】という根幹は《恐怖》しつつも………【おれ】は《感動》で涙が零れそうだ。
さっきから………狂暴、兇悪、狂気的なこの【破壊衝動】………この全身を駆け巡る言いようの無い絶対零度の【禁忌】と、灼熱の【欲望】の底無しさに飲まれています………つくづく呆れを通り越して………絶望じゃ足りない………失望………こんな息子を………母ちゃんは【護ろう】としていた………現実は【おれ】じゃ………どうにもならない【破壊の根幹】に触れて愕然以前に、コントロール不可の現状………それなのに………リングで対峙している霊児さんは優しく微笑んでいる………変わらない………変え難い………絶対に【壊れない】………そんな霊児さんはまったくの《無》――――まったく警戒心皆無のまま立っているのだ………。
「さぁ、全力で来るんだ」
全力どころか………実は百回くらい………コロす気で殴りかかっています。
ごめんなさい。
さっきからおれ自身がコントロール出来ない………【俺】は既に………何百と霊児さんを………【殺害】しようと拳を振り回し、蹴りを放っているのに………。
「マコっちゃん? オレはこう見えても、結構強いんだぜ? てぇ〜言っても、あまり自信ないけれどね?」
微笑みながら――――ホイホイ♪ と………明るく手招きを………くれる………安い挑発じゃない………こんな【アクマ】の【おれ】を、この人は――――恐れることも無く、受け入れている………【おれ】も【俺】すらも。
本当に――――心の底から【強い】………父ちゃんのような【強さ】に、十夜小父さんの【優しさ】………そして――――何故か、父ちゃんの墓参りで初めて合ったはずの《テーゼ》っていう人が二重、三重に重なって――――そして、霊児さんの姿となる………。
「遠慮は要らないんだぜ? その【衝動】も、その【葛藤】も全部、ひっくるめて【マコっちゃん】なんだぞ? だったら? オレが出来るのは全部、ひっくるめて――――」
言葉を切る――――同時に――――流麗に右足が前に出る――――左足と右足に《全身全霊》が分配される――――右掌が開く――――蓮華の花が咲く如く開かれ――――左掌は正中線の隙を一切合切防衛する――――【完全】を【超越】し、【世界】と【霊児さん】が【調和】している………おれの目の前で――――リングが――――無数の星群と宙域と化す――――この狭いはずのリングと部室の全てが様変わりして――――無限であるはずの【宇宙】が、巳堂霊児という一個人によって縮図となってしまう!
生物の一生を意味する縮図にして、巡回する数兆の命を内包する星を………【おれ】は見せられている………否、魅せられている………この【ヒト】のように、【調和】と【共存】出来る【イキモノ】しか、到達出来ない場所を【見せてくれている】………情け無い………見せてくれているのに………感動して、震えているのに………その膨大さに、易々と呑まれている………こんな【おれ】に、
「オレは、友達さ。あんまり難しく考えなくていいんだぜ?」
【俺】という存在はたった一言で、もう………完膚なきまでブッ倒された………【俺】が恐怖し、理解を超えて慄いている………でも、【おれ】は………生前の父ちゃんは………おれに教えたことと言えば、ただの正拳突き、受け廻しだけ………なのに、その頃の記憶まで遡ってしまう………。
気が遠くなるまで続けた………自慢にもならない五桁の正拳と、受け廻し………意識が飛ぶ寸前に、繰り返しおれに向かって言っていた。
『《完全》とか《完璧》を求めたら、《ヒト》は終わりだからな? 誠? 《完全》とか、《完璧》を排除するまで、これしか教えないからね♪』
――――今更、判ったよ………《完璧》なんて《孤独》と同じで《孤高》を気取った意気地なしだって………だから、《完全》と《完璧》を排除するためだったんだろ………けど………今更、脳裏に浮かぶなよ………………父ちゃん!? 回想に出てこないでくれ!? タダですら、今は恥ずかしいんだ!! 自分が小さい奴だって思い知らされているのにぃ!! メチャ、恥ずかしいぃんだぁ!!
あぁあああ――――!? そんな思考と共に、何でも無いはずの十夜小父さんとの会話が!! 頭に映像がッ!?
『いいかい? 誠? 【強者】は京香さん、仁さん、俊一郎さんやアヤメさんみたいな人を言うけれどね? 世の中、広いからその【ヒト】だけって、思わないほうが良いぞ? そう思っていたら、すごいしっぺ返しでのた打ち回る羽目になると思うからさ?』
あぁあああ!!! ごめんなさい! ごめんなさい!!! 今まさにそんな場面ですぅ!!!!!!
ああ!? もうこれ以上、おれを辱めないでくれぇ〜!!
うわぁ!? 何!? その墓参りに見せてくれた笑み? 今更だけど、かなり際どい獰悪なデビルスマイルって解りますよ!? テーゼさん!?
『母親に似なくて良かったな』
グゥッ!? ボォォォハァッ!!
それはあれですか!? あなたのあだなは確か、《絶対否定》ですよね!? それは結局、おれは母ちゃん似ですか!? 父ちゃんの内面も判らないわ、助言も聞いていないの、おれに対しての皮肉ですか!? あぁああああ!! ああああああ!? もうぅ、ああああぁああぁっ!!
「マコっちゃん!? どうしたんだ!? 何でリングのマットを食い破ってるんだ!? てか!? 穴掘らないで!? そのリングの修理費は結構、値が張るんだぞ!?」
もうおれは穴が合ったら入りたい! 否、穴が無ければ作って引篭もる!! 駄目だぁ!! 恥ずかしいぃ!! おれは!!! スケールのテラサイズなヒトと対面に立っていられない!!
「あぁ〜判るな………今の誠の気持ちは………」
シミジミと言ったマジョ子さんはタバコを銜えて紫煙を吐いていた………未成年でしょ? マジョ子さん? 小学生に見えるから、物凄く非道徳に見えますよ?
「………恥ずかしいだろ?」
グサッ!! 直球ですか!? 姐御ぅ〜!?
「………すげぇ〜自分が卑しくて、矮小でちっぽけだって判るだろ?」
キャァァァア!?
「少しでも巳堂さんを舐めていた自分にのた打ち回っているんだろう〜♪」
エッチィ!! スケベッ!! アクマ!! 魔女っ娘!! 人の心理を切開しないでぇッ!!
「――――まぁ、私も最初、そんな気持ちだったな………でも、誠は幸せだぜ? 【本気】になった霊児さんを私は二度、見ているが………見たら、そんなもんじゃ〜済まされないぜ………あぁ――――思い出しただけでも、恥ずかしいな………」
懐かしく遠い目で天井を見上げるマジョ子さん………リングに穴を掘る作業の手を止めて、おれはマジョ子さんに目を向ける――――良い事言ってくれているのに………その横に居る美殊が白眼視で見下ろしている。磯部さんの視線はおれと霊児さんの姿を行ったり来たりして、挙動不審の極地だ。
「まぁ〜これで、判っただろ? 磯部ぇ? 誠はてめぇの《トラウマ》にする価値なんざねぇ〜んだよ? 判ったなら、巳堂さんに礼言えやぁ?」
まさしくヤクザ口調で肩をすくめるマジョ子さん――――フランス人形みたいに綺麗で可愛いのに………こんな口調って、慣れない人にトラウマ刻み込むんじゃないだろうか? だが、磯部さんは………挙動不審から脱しているが………さらに形容しがたい畏敬たる権化………リングの上で何でも無いように頭を掻く霊児さんに――――。
「………霊児さん………」
唾を呑み込みながら、磯部さんはリングから降りた霊児さんを見詰めながら、
「………本当に【人間】ですか………?」
マジョ子さんが気を利かせて渡してくれたタオルを受け取ろうとした時に、いきなり人外宣言に軽くズッコケそうになる霊児さん。
「酷いぞ? 磯っちゃん!?」
「………じゃ………何故………《魔王》相手に………その………どうして、一方的………いいえ、まるで子共と大人の喧嘩にもなっていませんよ? それより………その、いっいっ………磯っちゃんって!?」
「あぁ〜♪ それはマコっちゃんとオレだと、《強さ》の《分野》が違うだけさ」
ニックネームに顔を歪める磯部さんを無視しているのか………気付かずにニコニコ笑いながら言う………でも、《強さ》に《分野》がある? そんなの………本当にあるんだろうか? タオルを改めて受け取った霊児さんは頬に流れる汗を軽く拭ってから首にぶら下げて、暫し唸るが………比較対象でも見つけたのか、明るく微笑みつつ、
「例えばさ? マジョ子とミコっちゃんだな?」
言いながら二人に視線を向ける霊児さんに、美殊は不機嫌な表情。でも、マジョ子さんは磯部さんに説明する霊児さんに対して、感心したように頷いている。
「マジョ子は召喚師としても優れているけれど、どちらかと言うと魔術戦が専門だ。オレは魔術戦なんて埒外だし、専門外だからね?」
マジョ子さんは的確だと言うように頷いた。
「………確かに。私は美殊のように式神や使い魔の精密操作は出来ませんから、偵察や情報戦だと、兵隊使いますからね………」
「………偵察と情報収集なら得意ですが、威力という点だと、マジョ子さんに負けます………」
もしかして、マジョ子さんと美殊は仲が悪いのだろうか………互いを認めているようだが………お互いを忌々しいと言うように睨み合っている。
「それに磯っちゃんは《結界》って《分野》だと、マジョ子もミコっちゃんにも出来ないし、真似も出来ない。これは磯っちゃんにも言えるね?」
「はい………結界魔術の工程と過程が無ければ、全て無理です………私は結界内でなら、自分のルールに置き換えて魔術が展開できます………でも、これだけじゃ、部長とその………真神くんの違いは判りませんが?」
「簡単に別けられると思うよ? 俺は《対人戦》が得意なだけだから――――」
本当に簡単な一言だった。
そして霊児さんは部室にあるでっかいホワイトボードの前に立ち、油性インクでスラスラと絵を描き始める――――パンダだった。でも、パンクロッカーよろしくのスパイク付き首輪――――コワい姿だけけど………どこか可愛らしい――――何か、ファンシーショップで飾られていても不思議じゃないキャラクターだ。
「………なんですか? そのキャラクター? 妙に――――その、可愛いですね………」
美殊は鼻を鳴らしながら言うが、「一つ欲しいかも」と、小さな呟きが聞こえた。
「………また、パンダ君ですか?」
深々と溜息を吐くマジョ子さんだが………磯部さんは霊児さんが絵を描く姿に、ちょっと驚いていた。
おれも驚いた………本当に教育番組のお兄さんだ。
「つまり――――《魔術戦》ってのは………」
言いながら、その下に新たなパンダ君が霊児さんの手で生み出されていく。
このパンダ君は………何故か左手にゴツいリボルバーを握っている………その拳銃は妙に精緻に描かれ、右手にはアーミーナイフだけど妙に装飾が禍々しく魔術的な要素があるような………誰のイメージだろう?
それに目が死んだ魚より腐っている。
「《魔術戦》って言う分類は《魔術》、《魔力》って、言わなくても基本だけど………一応、マコっちゃんも聞いているみたいだから、基本からな?」
おれもイジけるのをやめて、さっさと【魔王形態】から【人間形態】になってリングから降りて疑問に思ったので手を上げてみた。
「はい、何かな? マコっちゃん?」
「はい、霊児先生。《魔術》自体が良く判りません!」
おれの疑問に、マジョ子さんと磯辺さんが白い眼を向けてきた。この質問は完全に、的外れらしい………。
むしろ、両者はおれを見て、未確認生物を見るような視線が物凄い。
マジョ子さんは解剖を始めようとする狂科学者の眼だ。
磯部さんは異教徒撲滅を掲げるカトリックな司祭様ですね………?
「《魔術戦》は………大雑把に例えるなら、料理ですね。和食、中華、洋食が作れる人と思えばOKです。そして、《魔力》は味と言えば判りますか?」
それなら判るよ、美殊。
でも、料理で例えられると、ちょっと困るな………おれは料理不得意だ………………昨日の晩………美殊は自分自身に猛特訓をしでかして、泥のように眠っていたから朝食製作権利を五年ぶりに奪還したのに………中華鍋握り過ぎて壊しちゃったからな………そのお返しかな? まだ根に持っているのか? だって、起こしちゃ悪いと思ったのに………裏目どころか恨まれるなんて………思ってもいなかったな。
「そうだね? 色々端折っているけど、いい例だ。《腕》は無い、《味》の《感性》も無い………どちらも下手糞だと、偉いことになるからね? 意気込みだけの空回りって奴だ。《魔術》も《魔力》も両方揃った方がいいのは当然だけど、それは中々難しいんだ。でも、《魔力》が先天的に絶望的でも《術》は後天的だ。《幾ら》でも《手段》はある」
にっこり微笑む霊児さんだが………今朝のこともあっておれは胸のジクジクする痛みを、顔に出ないように頷く………それでも、美殊の視線が痛い。
「でも、料理か………確かに言えているよ。まぁ〜つまりは《魔術戦》ってのは、《魔術師》がどれだけ優れているかってことだね? さすがだね! ミコっちゃん!」
親指を立てて美殊の例えを褒める霊児さんに、目礼する美殊――――でも、チラリとやはりおれを見て、牽制するのは忘れていない………眼光を言葉に変換すると………きっと、こうだろう――――“我ガ聖域、二度ト入ルコト無カレ”――――。
「ちっ、因みに………そのパンダ君は何て名前ですか? 上のパンダ君にも名前があるんでしょ?」
我ながら何て素晴らしい話の逸らし方だろう。きっと、思いつきで描いたに違いない。返答が来る前に、おれは小休憩出来――――。
「うん。このリボルバーとアーミーナイフを持ったパンダ君は、《てーぜ君》だ。因みに上のパンダ君を紹介する前に、全部のパンダ君を紹介するから待っていてくれ」
………本当に、打ったら響いてきたよ………。
今度はその《てーぜ君》の右に――――サラサラ、カキカキと………何でも無いように描き続ける霊児さん………。
「………てーぜ君………ですか………何だか、不敵で憎らしい面構えですが………そのヌイグルミ………あったら、欲しいな………」
美殊はシミジミとてーぜ君を見詰めている。
マジョ子さんは、えぇ〜? って、顔で美殊の乙女チックな横顔とてーぜ君の交互を見る。
「何か………判るな………美殊さんの言っている意味………こう、《てーぜ君》は、「酸いも甘い」も、味わい尽くした大人な雰囲気があるよね………人生というか………生き様を語る………あの円らな瞳は………こう――――何だか惹かれます」
「おぉ〜? 判る? このてーぜ君は本気になったとき、この円らな瞳が宝石のように輝きだすんだ」
自分の描いたキャラクターの設定を語りだすけど………そうなのか………? 腐った魚のように濁った眼に見えるのは、おれが男だからか? でも、マジョ子さんも小首を傾げながらも、一生懸命になってそのてーぜ君の良さを見つけようとしているが………やはり、唸るだけで終わってしまう。
「………いい………てーぜ君。可愛いのに、カッコイイ………男らしい」
「………うん………カッコイイ………でも可愛いところが………いいね」
「………そんなに、良いなら――――今度、ウチの会社でプロジェクトを立ち上げてみるかな? 新しいマスコットキャラクターとして………」
「「本当ですか!?」」
勝手に盛り上がっているのは、磯部さんと美殊だけ………マジョ子さんはただの思いつきで呟いたのに、いきなり後輩達は喜びの奇声にドン引きだった。
そして、妙にこのマジョ子さんは人が良い………「まぁ………あまり、期待しないで待っていてくれ………」と、応えた後――――美殊と磯部さんは何時の間にか仲良くなったのか、手を取り合ってはしゃいでいるのだった。
「………こっちの思惑とか無視して………人を魅せるスキル発揮するから困るな………霊児さんは………」
溜息を付くマジョ子さんに、おれも知らずに釣られて溜息を吐いていた。何て言うかな………霊児さんは所々、父ちゃんと母ちゃんの長所を絶妙に交ざり合った感じする………父ちゃんも母ちゃんも………何故かこう――――《芸》に長けているんだよな………。
「さて――――続いて、《魔術戦》ってものはマジョ子とミコっちゃんの《得意分野》なら、磯っちゃんの得意な《結界》との違いに続いてだが――――」
トントン――――と、描かれた新たなパンダ君シリーズ――――このパンダ君は左右の瞳が色違い………しかも、長い銀髪のカツラなんて被っていて、両腕を掲げて交差している………今までのパンダ君と違う――――否、パンダちゃんか? 何ていうか………女性かな? だってさぁ〜? これはやり過ぎでしょ? ボンテージ身に纏ったパンダなんて………ねぇ? マジョ子さん? と、マジョ子さんを窺うように見ると、深々と頷いていた。
「………かっ………可愛い………セクシー………でも、キュート………」
磯部さん? キャラクター変わっていません? 何で?
「………このパンダ君………いいえ、パンダちゃんの名前は?」
あれれ!? 何だか美殊のキャラクターすら壊れている?
「これは《なっちゃん》。まぁ、結界、異界の魔術を説明するために書いたけど、かなり好評だな………解説して欲しい磯っちゃんが釘付けって………ちょっと、予想外だったな………」
自分で描いているのに――――磯部さんと美殊を釘付けにしておきながら、霊児さんは困っていた。
「《結界》の高位にあたる《異界》ってのは、《法則》の《保存》だね。ただ防ぐだけじゃない。《法則》に対して《上書き》と《保存》が出来るんだ。マコっちゃんに判り易く言えば、《セーブ》や《リセット》、それに《ロード》かな?」
「つまり………《上書き》の用途さえ考慮すれば、最初に《上書き》した所からスタートする?」
自信以前に、思ったまま言うとマジョ子さんは感心したように口笛を吹いた。
「そうだ。つまり、他者が嫌悪するトラウマを《結界内》なら《保存》して《再現可能》だ。でも、それらすら最初に例とした《腕》と《感性》が必要だけどな?」
悪魔の《感性》だ。と、鼻を鳴らしながらパンダ君に釘付け中の磯部さんを見ていた。
「つまり、《魔術》と《魔力》の両方が凄いって意味ですか………?」
「呑み込みが早くて助かるぜ? 誠? つまり、これも腕の見せ所だ。磯部も《結界師》としてはかなりの上位だ。でもなぁ? 《自分》の《結界内》で《死者》すら《保存》が出来たら? どう思うよ? そう言うのって――――《死者》が《蘇る》って思わないか?」
………それって………そこまで行っちゃう《結界師》は《死者》も、《保存》できるって意味なのか?
「そう――――このなっちゃんは、自分の《結界》を使って《保存》出来るんだ。結界の範囲もデカい上に、魔力もすげぇある。でも、まぁ………それだけデカ過ぎても、やっぱり色々と不都合もあるらしいけどね?」
肩を竦めながら言う霊児さんだが、おれは意味が解からない。しかし、さすがというか――――間髪入れるというか、マジョ子お姉さんが人差し指を立てながら補足してくれる。
「磯部が異界展開時………こいつは………」
言いながら親指で磯部さんに向け――――キャーキャー言いながら、なっちゃんに釘付けになっている磯部さんに溜息を吐きつつ、
「昏睡状態だったろう?………つまり、そんな現実世界と区切るような《異界》って奴を形成するには、肉体を維持する機能も損なう恐れがある。むしろ、そうなって《当然》だ」
なるほど………《保存》に《魔力》を費やすからか………。
「良く解かりました。ありがとうございます」
魔術うんぬん初心者のおれに説明してくれる霊児さんとマジョ子さんに礼を言うが………磯部さんと美殊は早く次のパンダ君を描いて欲しいと、視線で霊児さんに訴えていた。
何か――――教育番組のお兄さんに催促するちっちゃい女の子だぞ? 二人とも?
「………うん、マコっちゃんが解かったみたいだし――――次描くから………大人しくしていてね………?」
何だが………最初はおれのために解かり易く説明を進めていたはずが、今は磯部さんと美殊の欲求を優先し始めていると感じるのはおれだけか?
溜息を吐きながら霊児さんは次のパンダ君を描き始める………それも両手にマジックを握る二刀流だなんて!?………本当におれはこの人、教育番組のお兄さんをしたら、馬鹿受けだと思う。
そして――――出来上がったパンダ君は、今までのパンダ君とはちょっと違う――――ぱっと一目見て不良………右手には真っ赤な刃が特徴の槍。それも鎖ジャラジャラ。
左手はサングラスのブリッチを上げて、口元の角度が絶妙に不敵で不遜な面構え………まさに生き様がロックンロールのパンダ君………でも背景が無駄に細かく描かれている。
真っ赤な雷をバックにし、絶壁に立つパンダ君の足元に波飛沫が描かれている………何か、《オレはオレの道を行くッ!!!!》――――と、意味不明だけど、熱くて痺れる《漢の雄叫び》に応えた雷と高波――――躍動感たっぷりある………凄い………何か、迫力が他のパンダ君と桁が違う。それに、微妙に牙があって、他のパンダ君より長いような?
「続いて、《対人戦》だ。これは《魔術戦》と似ているけれど、違う部分はオレを見れば解かるよね? 《武術》、《肉体》を駆使しての《近接戦闘》だ。でも、《肉体強化》の魔術も含んでいる………《手》と《足》――――そして、扱う《得物》の距離で戦うって意味だからね?」
ここまでくれば、おれだって大体は把握出来る………他の《魔術師》や《結界師》と一線を引く理由は、まどろっこしいもの一切無しで、己の肉体で雌雄を決するって意味だ。
「まぁ、ここまでくれば誠も判るだろ? ようするに、《殴り合い》や《斬り合い》の《格付け》だが………何で、《日本刀》を持っていないんですか? 巳堂さん?」
マジョ子さんの疑問に、おれも頷く。
だって――――どう考えても――――予想しても――――《てーぜ君》と《なっちゃん》は、霊児さんが《その眼》で見て、《最高位》にいる《人物》をモチーフにし、《パンダ君シリーズ》を描いていると予測できる。
つまり――――マジョ子さんが言いたいのは、《対人戦最強》の《座》として描かれるべき《パンダ君》は、《巳堂霊児》の《特徴》があるはずと、言いたいのだろう――――おれも同じ考えだ。
制御不可の【俺】を、赤子の手を捻るように屈したのだから………これは、語調でも身内贔屓でもない………ただの事実だ。
この人の【上】など、想像外で………いたとしたら………合いたくない………。
「そんなことはどうでも良いです」
どうでも良くないのに、どうでも良いように斬り捨てるの? 美殊? お兄ちゃんがそんなに嫌い? メンチ切るように霊児さんを睨んでいるし――――怖いし………妹が怖いと思うおれは駄目な兄貴なんだろうか?
「このパンダ君の紹介をしてください! 早く!」
磯部さんも磯部さんだ………きっと、この二人は判り切った知識より、パンダ君シリーズに興味が向いているのだろう………ちょっとは、初心者のおれにアドバイスして欲しいな………。
「………この槍持っていて、絶壁に立つパンダ君は《パルさん》だ」
霊児さんは溜息交じりで言う。
何か、今までと違って紹介に困った顔色だ。
むしろ………描いて失敗したな………と、言いたげな表情だ。
「パルさん………キュートで痺れる魅力を凝縮しています………このサングラスの奥には、烈火と稲妻の激しさを併せ持つ瞳を隠しているんですね――――なるほど、確かに《さん》付けで呼びたくなりますね………」
「ええ♪ 磯部さんの言うとおりです♪」
磯部さんと美殊の意見に、おれはちょっと引き気味だった。
「何か害虫駆除とかの薬品っぽいでネーミングですね………?」
マジョ子さんの素直な感想に、霊児さんは同意するように頷いた。
「まぁ………な」
霊児さんはその《パルさん》の《モチーフ》というか、《ネタ》になっている人物を思い出しているのか――――深い溜息を零した。
「それで? どうして《霊児さん》じゃなくて、この《パルさん》何ですか?」
おれとしては拭い難い疑問だ。だって、この巳堂霊児という《強者》がこの《パルさん》を紹介するかが、重要だった。
霊児さんは《強者》しか持たない《謙虚》の《美徳》があると、こんなおれでも判ることだ。でも、もし《自身》が《対人最強》なら、このパンダ君はおれにとって《侮辱》だ………いや、《恥辱》だ。
扱え切れない《巨大》な【魔王】以前に、こんな《暴力》すら巳堂霊児という《聖人》にとって《暴力》に値しないという――――自殺モノの《屈辱》だ。
「まぁ〜なんて言うのかな………本当、説明に困るね〜このパルさんは。行動理念不明、言動不明――――何から何まで理解出来ないけど………パルさんは確実にオレより強いって事。これだけは解るよ」
唾を呑み込むおれとマジョ子さん――――そして、そんな驚愕する場面なのに、磯部さんと美殊はパルさんにキャーキャー叫んでいた。
「初めて合った時は十歳かな――――? お金が欲しくてね? かなり上等なシルバーアクセサリーを身に付けていた。確か、普通の人間なら致命傷だろうな………背中から思いっきり刺して、背骨と内臓ズタズタにする勢いで横薙ぎしたな………」
………ちょっと、霊児さん? あなた怖いよ………この人、本気で怖いよ!? ホラー映画に出てくるようなキャラクター性を持っていたのかよ!? しかも、金が欲しいだけで人の背中を斬るのか!?
「まぁ、昔は自分で言うのも何だけど、危ない奴だな………思い出してきて、ちょっと恥ずかしいが………結論から言うと、メチャクチャ切り刻んだけどな………何故か生きているし………今でも不思議だよ」
ちょっと恥ずかしいって………殺人鬼の淡い思い出と恥ずかしい日記公開ですか!? ホームページすら残せませんよ!? 問答無用で削除されますよ!?
「まぁ………《ズタズタ》の《一方的》に《斬った》んだ。あっちは手も足も出せていなかったな………」
えぇ………と? どれだけ《一方的》だったんでしょうか? 想像すると………苦しいのですが?
「何十万回斬ったか………確か? 細かいことは覚えていないや」
人を何十万回斬っておいて、覚えていないってカラッと笑いますか………ちょっと酷い過ぎません?
「もう一つゼロが付きそうな頃かな………」
つまり、たった一人を何百万回斬ったんですか………容赦どころか………《狂犬》だったのか………この《巳堂霊児》という《人の過去》は………。
「さんざん斬って、斬って、斬って、斬りまくっているのに………血なんてドラム缶二つ分垂れ流したみたいな流血だったな………」
懐かしそうに言うけれど………それでその人は? どうなったんだろう?
「………平然と全身に刻んでやった俺の刀傷をボリボリ掻いていたな………溜息すら零していたよ………」
………何ですか? その人? マジの漢ですか?
「『歯痒い』………だったと思うけど………まぁ、何かそんな感じのセリフを溜息混じりに吐き捨てた後――――何か、《ぶん殴られた》」
軽く――――《ぶん殴られた》と、言う霊児さん――――しかし、そこは………その部分は………ありえないでしょう………だって、霊児さんが《殴られた》と、《結果報告》するなど………おれとマジョ子さんには考えられない………巳堂霊児という《聖域》に至る《聖人》が殴られるなんて………たとえ………小さな十歳児でも、その片鱗くらいはあるはずだ。
「当時………あなたはどれだけの《技術》があったかは………判りませんが………《殺気》というか………《気配》はあったはずだ………あなたは、たとえ《光速》だろうが《音速》だろうと《殺意》より《後》から来る《攻撃》は………躱せますよね………?」
マジョ子さんの問いに、大げさなジェスチャーで肩をすくめる霊児さん。
「ああ、もちろん。当時のオレはそれが出来たよ。でも、あの人がオレに向けた《拳》に、《殺意》の《一欠けら》も無かったよ。むしろ何つぅか――――《情熱》とか《魂》とか叫んで殴ってきたな? まぁ〜そっから………もう、こっちが一方的だった。一気に逆転負けしちゃったよ」
「逆転………」
「負け………………」
十歳とはいえ、この巳堂霊児という人が――――敗北した?
マジョ子さんもおれも――――呆然とする中だ。
《パルさん》の紹介に困っている表情なのに………苦笑いにしては清々しい。口で言うほど《パルさん》との初対面に、《苦い過去》とは思っていないらしい。
「あん時のゲンコツは正直、エラくトンでもないね………《光速》を超えていたね………しかも、殴りながら《説教》してくるし………今思えば《時間軸干渉》、《因果律干渉》、《平行並列》を同時に行使した《攻撃》だったと思うけど………もう、殴るところが無くなるまで殴られ続けたよ………オレも斬るところが無いほど斬ったからオアイコだけど………まぁ、この《パルさん》は《対人戦特化》の《魔術》に長けていると………説明した方が良いだろうな………精神衛生上ね………」
ホワイトボートに描かれた《パルさん》を親指で示し――――肩を竦めて苦笑する。
「オレの過去をスバズバ言い当てるわ――――《殺気》無いは………なのに《宇宙》を捻じ伏せる《極大四魔術》の内、三つを《同時行使》って………どう思う?」
「………予想ですが、その《パルさん》………熱く語りませんでしたか? 絶対にビックリマークだらけになるくらい叫びませんでしたか?」
おれの疑問に霊児さんは嫌そうに頷いた。
「………全《被免達人》すら《机上の空想論》と言った………《時間軸干渉》、《因果律干渉》、《平行並列》の三つを同時行使………? 馬鹿げています………《聖人》と《連盟》と《聖堂》で認められた《あなた》ですら………《因果律干渉》の《極地》………その一端の《限定権限行使》が………やっとでしょう?」
マジョ子さんはおれ以上に博識のためか、震える声で言う。
マジョ子さんすら戦慄するような人………そんな人が居たら、母ちゃん絶対マークするぞ?
「まぁ〜しゃーないよ? あの人ね? 《標準時》なら普通。きっと、マジョ子でもすれ違ったとしても判らないと思うぞ? オレはそれで《痛い目》にあっている………うん、断言出来る………《神殺し》の三人とばったり合っても《神殺し》のほうが気付かないね………まぁ、この《パルさん》の説教なんだけど………もう理解不能な言葉だったよ」
本当に理解不能だったと………二度も小さく呟いた霊児さん。そして、今度は美殊と磯部さんも会話に耳を傾けているようだ………何か、《パルさん》がどんな《熱い語り》をしたのかが、興味がある様子だ。
『お前の剣は何のためにある!? 仇を殺すため!? 敵を斃すためだぁ〜!? 違う!! 剣は明日を切り開き、非情な運命を切り払い、魔を裂くために鋭いんだ!!! だから!!! お前自身が【剣】となれ!!! 折れず曲がらずの日本刀の如き《聖剣》に成れ!!! お前なら出来る!!! この俺が認めるんだ!!! この俺が見たんだ!!! 俺が言うんだ!!! 間違いねぇ!!! お前はデッカくなる!!! お前は必ず《聖なる剣》になる!! 斃し屠るだけの漢じゃねぇッ!!!!』
「――――と、こんなことを、殺そうとしたオレに言って、現金で一〇〇万かな? ぶっ倒れたオレのポケットにねじ込んで去っていったよ」
ちなみに霊児さんの説明には、上記のような《!》は全然なく、淡々とした口調だったが、ホワイトボードに描かれた《パルさん》を見ながら聞いていたせいか、脳内で熱い口調に自然変換してしまった………だが、本人はその………気付いていないのか?
おれは自分が感じた印象をアイコンタクトでマジョ子さんに確認してみると――――マジョ子さんも同じように、呆然とした表情で頷いてくれた………磯部さんも頬に流れる汗を拭いもせず驚愕していた。
「熱く、心の広い人なんですね………負け犬の巳堂さんに優しい言葉をかけるなんて………それに太っ腹です………痺れます………」
「ひでぇ〜な? ミコっちゃん? まぁ、確かに負け犬の上に狂犬だったけどさ」
美殊の毒舌を軽く流す霊児さんに、驚愕組であるおれ達三名は静かに挙手した。
「あのぉ………その………」
「どうしたんだい? マコっちゃん?」
怪訝になる美殊と霊児さん。おれは言っていいか迷いながらも――――言うことにした。
「《パルさん》の《言葉》って………その、《予言》みたいに感じません?」
恐る恐る頷くマジョ子さんと、磯部さんの顔色を見て霊児さんも苦笑がピタリと止まった。
「ほら? 霊児さんは《聖堂》の《聖剣》ですよね?」
「………うっ………うん………そうだね………何時の間にかなっているね………」
おれの質問に、ギクシャクしながら頷く。
「………何で、今は《日本刀》を使っているんですか………? 二年前から《日本刀》を使うようになりましたよね………」
「………いや、これは………ただの偶然だよ………たぶん」
マジョ子さんの質問に、とうとう霊児さんは冷汗を頬に流し始めた。
「………私が暴走して張り巡らせた《異界》の中で………平然としていましたよね………? あの時………私はありとあらゆる手管で、あなたの心を探ろうとしたのに………空のように広大すぎてあなたが《人》なのかも、解からなかった………恐ろしく《巨大》なあなたの精神構造は………」
「いや………それは………ちょっと、飛躍しすぎだよ? 磯っちゃん………?」
否定するのは本人だが………おれ達としては、顔を突き合わせて言葉を選びながら分析する。
「………「俺が見た」って点で、まず《パルさん》は《未来視》が出来るのか………?」
「でも、マジョ子さん? 霊児さんも言っていましたけど、霊児さんの過去を「ズバズバ言った」って点が、おれとしては気になりますよ?」
「………「過去視」も出来て「未来視」も出来る………でも、真神くん? 「過去」も「未来」も見通せるなんてどんなに頑張っても出来ないんだよ? 水と油が混ざらないようにね?」
ヒートアップするおれ達三人の《パルさん会議》に、美殊は溜息を吐いていた。
「別にそんなに考えることですか? 巳堂さんより強い人なんてゴロゴロ居てもおかしいとは思えませんよ?」
「そうそう! ミコッちゃんの言う通りだよ。オレより強い人はゴロゴロいるさ。フェイトさんと死闘ったけど、鉛玉を右肩に喰らっちゃったしね!」
チラリとおれ達三人が一斉に二人を見窺う――――美殊の表情から読むに………単純に霊児さんが「誰かに負けた」という点が嬉しいための発言だろう。
逆に謙虚と捉えるべき霊児さんの言葉を、今のおれ達三人は鵜呑みに出来ない………なぜなら、霊児さんの眼が泳いでいるからだ!
たしかに言っていることに嘘はないけど………隠していることがある!
「………まさかと………思うが、この《パルさん》………《共鳴能力者》なのか………!?」
呟くマジョ子さんだが、また新たな単語におれは首を捻る。
「単純に説明すると、ほら? 趣味が合うとか、馬が合うって思う友達っているでしょ?」
磯部さんの説明におれは頷く。
「うん。いるね」
「………本当に素直だね………とんでもないわ………」
どうして、そこでおれを恐れるような眼で見ますか? 磯部さん?
「まぁ、そんな感じで他者と同調して、自分のことのように《感じ》たり、素直に受け入れることが出来る人でね? 例えると、聖痕とか――――」
「あああぁ!! スト――――――――ップッ!! はい!! 《パルさん》からかなりずれてるよ! 皆! こっちに注目しようね!」
息を切らしながら絶叫でおれ達の会議を中断させ、ホワイトボードをバンバン叩き出す霊児さん。しかし、それを許さない鋭き眼光でマジョ子さんは霊児さんへと向けた。
「………まさか、もしかして………この《パルさん》は、あの《王》ですか………?」
「………いや、パルさんはパルさんだよ………パルさんにそれ以上もそれ以下もないよ? マジョ子? 《王》じゃないから、《王様》じゃないから?」
「………あの………私はドイツ生まれですが、ウェールズ人の祖母の血もありまして………《もし》、《その人》なら、マジで会いたいんですけど? マジで!?」
「パルさん無理………どこほっつき歩いているかも判らないよ。《他のヒト》で良いなら《クラブ》に顔出せばいいよ? パルさんの親友いるから? それで、我慢しなさい」
何か、可愛らしい妹のわがままを宥める兄の光景にも、見えるけれど………二人とも中身が問題だから、心が温まらない風景だ。
それにマジョ子さんは中身が立派な【姉御肌】である。これ以上、霊児さんに無理難題言うのは失礼と思ったのか、深呼吸して切り替えてしまう。
「しかし………もし………そうなるなら………なるほど………つまりは、巳堂さんにとって《パルさん》は《先輩》に当たるわけですね?」
?? 霊児さんの先輩?
それに何故か磯部さんはさっきのやり取りで何が理解出来たのか、深々と頷いていた。
「………そう考えたら、全部納得できますね………《他人の痛み》を《自分の痛み》に出来る人………なるほど………霊児さんをきっちり《導いた》人なんですね………」
おれの疑問符そっちのけで納得してしまったマジョ子さんと磯部さんを見窺うが、二人とも小さく唸っていた。
「――――まぁ、誠にはまだ早い。解るころに教えてやる」
「うん。そのほうが良いよ………………」
戦慄や畏敬の眼差しで《パルさん》を見上げている。それも、何か偉大な人物の肖像を見上げるように………二人の雰囲気で大体は察することは出来た。きっと今のおれには刺激が強いのだろう。
おれは渋々と頷くと、霊児さんは流れる汗を拳で拭っていた。
「まぁ――――説明を戻すと、この《パルさん》は《対人戦》だとメチャクチャだ。どんな《逆境》だろうと《絶望的》な《危機》だって《逆転勝ち》しちゃう人………補足として《雷属性》だ。以上で終わり」
なんて言うか………素っ気無く終わらせたような?
「まぁ、ここからマコっちゃんの分野だ」
気を取り直して今度は最初に描いた《パンダ君》の右横に矢印を描いて、そこに馬鹿でかいコンクリートの壁をパンチで破壊する《パンダ君》が出来上がる。
しかも、ギザギザのセリフ枠に《GAAAAAAAA!!!!》と叫んでいる。
「例とするならこれがマコっちゃんの分野だ」
「おれの分野ですか!?」
「誠だな」
「誠ですね」
「真神くんだね」
ヒドッ!!!!
「さっき説明した《対人戦》の《パルさん》と同じ枠内にマコっちゃんも入る。でも、マコっちゃんの場合は《物理攻撃》、《肉体強化》よりランク上の《獣化現象》が出来る。それでぶん殴るわけだから、《魔術行使》自体は肉体のみで、《物理攻撃》がマコっちゃんの《分野》ってことさ」
「でも、それだと霊児さんもパルさんもおれと同じじゃないですか? 刀使うと使わないだけじゃないんですか?」
「いや。俺は《気功》を使って《コーティング》しているから、《魔術師》の眼から見たら《魔術行使》と似たり寄ったりだ。あと、パルさんはありえないことを《仕出かす》から対人戦枠だ」
へぇ――――じゃ、天井に張り付いたり出来るのも《気功》なのか?
「それだと――――巳堂さんが見た感想で、《物理攻撃》のトップは誠なんですね?」
何故か威張りながら言う美殊に霊児さんは視線を逸らし、
「………いや、これはマコっちゃんの行動を描いたパンダ君だから………違うよ」
「………あぁ?」
うわぁッ!? 美殊!? 美殊!? メチャクチャ怖いって!?
「じゃ、誠は《物理攻撃》の《分野》だと巳堂さんから見て何位ですか?」
つまり《格付け》か………気になるな………と、霊児さんを見ると………指を折っていく………片手で足りないのか、両手で指を折っていき――――もう一往復しようとした。
「もういいです。単刀直入に聞きます。誰が《物理攻撃》のトップですか?」
「そうだな………認めたくないけれど、聖堂七騎士三位の巻士だな」
まぁ――――巳堂さんが言うんだから間違いないだろうな。
「聖堂の犬」
ケッ! と、吐き捨てるように言う美殊に苦い顔になる霊児さん。しかし、マジョ子さんは首を傾げた。
「《神槍》というから、《槍使い》のイメージがあったんですが?」
マジョ子さんの説明に眼を向けて、美殊の邪眼から視界を外した霊児さんは言う。
「《七騎士》の名称はただの《役割》だよ。巻士の役割は《一番槍》って意味。最前線に突っ込む《役割》だからね」
まぁ〜と、霊児さんは苦笑しながら溜息を零した。
「巻士は《吸血鬼》だけが攻撃対象だから、この面子ならアイツと争うことは無いよ。だから、吸血鬼が鬼門街に来ない理由にもなっている。それでも来るような輩は自殺志願者だ。《神槍》巻士令雄――――《女教皇》の《手元》に無くとも、《必ず敵を穿つ》ってことさ」
へぇ〜巳堂さんが言うんだ。きっと、この街に来る吸血鬼は、自殺志願者か世間知らずなんだろうな。それに《吸血鬼》なんて会いたくないしね………これ以上、魔術世界の住人と遭遇したくないよ。平和が良いんだ。
五月二日。黄紋町、歩行者天国。
執事長とメイド長………そして、その部下たる面々は渋い顔をしていた。
根性と忠誠心を掲げて、執事長レオナードとメイド長ジェルは溜息を吐きつつ、
「止めてください………坊ちゃん」
「止めましょう? 坊ちゃん?」
だが、そんな忠告など聞いていない………巻士令雄と遭遇してから、ガラハドは気配を漂白し、呼吸を制御していた………その足を進めるのは、彼も判らない――――理解しているのは、巻士令雄という【怪物】が通った道であることだけ。
「お前たちはそれでも《クラブ》の戦士か? あれだけ【巨大】な【強者】を前にして、闘いたくないのか?」
「お言葉ですが――――鬼門街に闘技場は存在しません」
淡々と忠告するレオナードに続き、ジェルは深々と頷く。
「ここは蒼戸町ではありません。ここは黄紋町………ここでの私闘はお止め下さい………ここでの戦闘は死闘です」
ぞろぞろと付いてくる執事とメイドも深々と頷き、不安の眼差しである。
だが………それでも、闘いたいのだ。生死別つ戦いになっても良い………ただ、自分はもう一人でも大丈夫だと世話になっている皆にアピールしたいのだ。
だが――――。
「解った………お前達を心配させるような真似はボクだってしたくは無い」
ほっと胸を撫で下ろす者や、全身の緊張を解いて溜息を吐く者達………彼等一人の戦闘能力はガラハドでは比べられないほどの、戦闘能力者。一桁ランカーと同等の彼等が、恥も外見も気にせず汗を拭う姿を見て、自分はかなり軽率なことをしていたと、心中で反省するガラハドだったが………ふと、今歩いている場所と、記憶していた地図と住所を思い出す。
「たしか………このまま行くと、ボクが通う学園に行けるようだが………」
チラリと、引き連れているメイドと執事を見てげんなりと溜息を吐いた。
「学園長への挨拶は後にして………少し遠回りになってしまうが、先にマンションに行こう。確か………《クラブ》の食客の鈎那さんの師匠が、管理人をしているマンションだったよね………?」
ガラの一言に、全員が渋い顔をする。
鈎那薫子(♂)………《クラブ》の闘技場に結界を施している術者だが………人外ハーフのガラの眼から見て、鈎那薫子は真性なDQNである。その師匠となると、《クラブ》関係者なら全能力を駆使してでも会いたくない。弟子がアレだし………もしかしたら師匠はその上行くかもしれないから………排除を選ぶ選択肢が必ず頭に浮かんでしまう。
だが、邪険に出来ない理由があった。
「………女王陛下のご友人らしいけど………本当に大丈夫なのか………? その、磯部都子さん………」
誰か知っている人いる? と、全員の顔を見渡すが………全員が首を横に振る。
「大丈夫でございます。坊ちゃん。不肖、このジェルが坊ちゃんを狙う輩は悉く首を刎ねましょう………」
「………穏便にね………女王陛下にバレないように………」
「はい………!」
自分の身はやっぱり可愛いので、万が一のため、最悪な時のために手を打つことを選ぶガハラドは、そのまま目立つことこのうえない集団を率いて、住宅街を練り歩く………もう、通行人の奇異な視線には慣れてしまう。そんな自分の適応力に深い溜息を吐いた。
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